税理士は、税法(税金の法律)に基づいてお仕事をしています。
そのため、実務の解説本やら、条文などを確認して、
「この制度は**のように取り扱うんだな」
と判断して、お仕事を進めていきます。
ですが、難しい仕事をすればするほど、
「**という制度、法律がないのか?」
という「ないことへの疑問」が出てきます。
今回は「ないことの証明」について考えてみました。
※守秘義務の関係で、事実を少し変えて説明しています。
※某地方での「赤おにの家」の看板。
「ないことの証明」をするためには?
事実があることを証明するのは比較的簡単です。
というのも、我々(税理士)の仕事であれば、
- **という書類に書いてあったから
- 税金の解説本にそう書いてあったから
- 条文にそう書いてあったから
ということで、書類で証明できますから。
代表的なのは「登記されていないことの証明書」でしょうか。
「成年後見」という制度があります。
これは、認知症や、重い病気(例えば脳死状態等)で、正常な判断ができない場合、成年後見人(要は代理人)を指定して、その人の代わりに判断してもらいましょう、という制度です。
そして、この成年後見制度の適用を受けた人は、要職(会社の役員等)になることはできませんし、重い責任のある職業(税理士等)になることもできません。
※判断が出来ないわけですから。
そのため、税理士に登録する際は、「あなたは成年後見の対象になっていませんよね?」という確認のため、「(成年後見の)登記されていないことの証明書」の提出が求められます。
※成年後見制度の適用を受けると、法務局に登記(登録)されるからなんです。
この制度のように「**という事実がありませんでした」として、「ないことの証明」ができるなら、ことは簡単です(^^)
ですが、なかなかそうはいかないんですね。
「ないことの証明」は悪魔の証明と言われます。
私自身、最近悩んだのが、ある相続税の案件でした。
(詳しくは言えませんが)連続で相続があった場合、相続税が2倍かかるのを防ぐために、色々な制度が設けられているのですが、超イレギュラーな事案で、その取扱いが、どこにも書いてない・・・。
更に混乱したのが、他士業(弁護士・司法書士)で、数年前に新たな取扱いが出たからなんです。
そのように悩んだ場合、調べ尽くすことが大切です。
税理士だけでなく、弁護士先生や司法書士先生といった、知識を専門とする仕事では、必ず「調べる」という作業が発生します。この場合「調べ尽くす」ことが大切です。弁護士先生の場合は、事務所に就職した際、研修や先輩から「調べ方」を教えてもらうことができるかもしれません。ですが、税理士の世界では、まだまだ「丁稚奉公(でっちぼうこう)」的な世界で、先輩や上司に「教えてください~」とお願いすると、「オレの仕事を見たり、過去の資料を見たりして、自分でおぼえろ!」と言われてしまうことが多いと思います。※今はどうか... 税理士が「調べ尽くす」ためには、どうすれば? - 東京都中央区日本橋の税理士×ピアノ弾き語り |
ですが、調べ尽くしても出てこない、ということがあります。そうなると、
「ここまで調べ尽くしても、何もでてこないんだから、それが、ないことの証明だ」
と、自分で納得するしかないんですね。
※某書店で展示されていたミニクラフト。
常に疑問を持ち続けることが必要
税金に限らず、他の法律もそうなんですが、疑問を持ったら、調べ尽くすことが大切です。
そのためには、多くの実務経験をこなすことも大切ですが、
「なぜ?このような制度があるのだろうか?」
と、疑問を持つことも大切です。
ですから、調べる際のとっかかりとして、
「なぜ、このような法律ができたのか?改正されたのか?」
を解説してくれている本を読むことが大切です。
例えば、こちらの書籍ですと、単に譲渡所得の制度に触れるだけでなく、過去の判例や裁決例に触れていて、
「なぜ、このような改正になったのか、法律ができたのか?」
にも触れています。
そこでアウトラインを掴んだら、後は徹底的にその周辺法規を調べれば良いと思います。
話しは変わりますが、調べる専門家?といったら、私は「弁護士先生」を連想します。
マンハッタン発、全米を虜にしたスタイリッシュドラマ、「SUITS/スーツ」ついに日本解禁! 海外ドラマ「SUITS/スーツ」 - 海外ドラマ「SUITS/スーツ」 |
この「スーツ」というドラマ、秀逸です(^^)
※私は、シーズン1から見ています。
アメリカの大手法律事務所に勤める弁護士が活躍するドラマなのですが、その仕事風景で、深夜まで(場合によっては徹夜で)、事務所内の図書室で、法律・判例を調べ、相手への反論を考える。
そんなシーンが出てきます。
これ、本当なのか、今度、日本の大手弁護士事務所に勤めている弁護士先生に聞いてみたいと思います・・・。
譲渡所得税・相続税が危ない
譲渡所得税(株式や不動産の売却益にかかる個人の所得税)や相続税は、調べ尽くして、きちんと「**という制度がないことの証明」をしておく必要があります。
というのも、これらの税金は「失敗したら取り返しがつかない」からです。
- 譲渡所得の各種特例は、基本的には当初申告要件が付されている
・・・特例が使えるのに、最初の申告で「特例なし」と判断したら即アウト
・・・安易に概算取得費(5%)で計算すると、更正の請求ができない場合がある - 相続税の特例も、当初申告要件が必要なものがある
・・・小規模宅地の特例も当初申告要件あり
・・・広大地は当初申告で行わないと通りにくい(税務署に認められにくい)
特に注意が必要なのが「譲渡所得税」だと思います。
このお仕事(譲渡所得税の申告)って、税理士泣かせだと思います。
というのも、リスクが高いわりに、報酬があまりもらえないからなんですね(T_T)
※特に、居住用財産の買換えですと、売却と違って余剰資金が発生していないので、税理士報酬をケチる方もいるかもしれません(T_T)
居住用財産の譲渡関係であれば、あまり間違えないのでしょうが、なにせ譲渡所得には多くの「特例制度」があります。
そして、その特例は、税制改正で数年ごとに少しずつ変わって行きます。
(かなり前の話しになりますが)私が譲渡所得税の申告を最初にしたときは、相当、慎重にやりました(^^)
この「図解:譲渡所得」は、大蔵財務協会が発行して、税務署にも置いてありますから、いわば「教科書的な本」になります。
ですが、この本だけですと、次の点が分かりません。
- どこまでが収入金額なのか、具体例が少ない
- 2つ以上の譲渡があった場合の、計上時期のズレが可能か
- 取得費が分からない場合の実務的な対応方法
- どこまでが譲渡費用になるかの具体例
- 各種特例の概要しか分からない(詳細が分からない)
- 過去にどのような特例があったのか、制度の変遷が分からない
- 売買契約書の読み方が分からない
他にも疑問がでてきます。
ですから、この疑問を埋めるべく、過去の税務雑誌や中古本を買ったりして、調べます。
そして、「この譲渡(売却)では、結果として、特例の適用はない!」
と、自身を持って判断できることが「(特例制度が)ないことの証明」になるでしょう。
※これが、資産税(譲渡所得税・相続税)はベテラン(高齢)の先生が有利といわれるゆえんでしょうか。(勉強されていらっしゃる)高齢の先生方は、過去に調べた蓄積がありますし、改正の経緯を知っていますからね。
また、実務上検討したことがあるのが、イレギュラーですが、次のような論点です。
- 土地の時効払い下げによる取得の課税関係
- 収用の5,000万円控除のタイミング
- 土地交換
これらについても、特例が「ないことの証明」をするためには、結局、調べ尽くすしかありません。
調べ漏れがあったらまずいので、私は、必ず、同じ分野の専門書を3冊以上買うようにしています。
そして、3冊同じ事が書いてあれば「まず間違いないな」となるんですが、そのうち、1冊が違うことを書いていたら「あれ?更に調べる必要があるな」として、追加で書籍を購入したり、過去の税務雑誌を調べたりします。
※たまに、著名な税理士先生でも、間違ったことを書かれていて、そうなると不安になって、図書館に行ったりして、調べます。結局は、その先生が間違っていただけだと、本当にガックリしますが(^^)
※武蔵小山の商店街にて。(税理士・社労士同士の飲み会でした)
「ないことの証明」をするために税務署に行く場合とは?
税理士が税務署に行って「ないことの証明」をする場合とは、どのようなときでしょうか?
考えられるのは、次のようなケースです。
- 法人税
・・・過去に青色申告届出が出ていないか?
・・・減価償却の選択届が出ているか? - 所得税
・・・青色申告届出が出ているか?
・・・過去の買換特例の記録が残っているか? - 消費税
・・・課税事業者選択届出書が出ていないか?
・・・簡易課税制度選択届出書が出ていないか? - 相続税
・・・過去に被相続人から贈与(暦年課税・精算課税)を受けていないかの確認
・・・土地賃貸借の無償返還届が出ていないか(これは法人税部門で確認しますが)
私が開業して7年が経過しますが(平成23年に開業したので)、振り返ってみれば、普通の税理士より多く、税務署に「ないことの証明(=届出がされていないかの確認)」をしに行っていると思います。
※性格が心配性なので(^^)
そのなかで印象的だったのが、数年前の「贈与を受けているか、いないかの確認」でした。
※(守秘義務の関係で事実を変更しています)
ある高齢の方がなくなり、相続人はお子様2人でした。
ですが、(色々な事情があって)そのうちのお一人が、過去に贈与を受けているかもしれない、ということになりました。
税理士なら分かると思いますが、過去3年以内の贈与や、相続時精算課税の贈与であれば、生前贈与加算で相続財産に加算しますから、過去の贈与の確認は大切になります。
ですが、もらったかもしれない人に、その確認ができない場合があります。
※例えば、重い病気だったりで意識がなかったりした場合です。
その場合、委任状をもらって、税理士が税務署に確認に行くのですが、問題はどこの税務署に行くかです。
被相続人や相続人(財産をもらったかもしれない人)の、最大2箇所の税務署に行けば良いと思うのですが、問題は、その相続人が頻繁に住所変更していたのです。
この場合、4箇、5箇所の税務署に調べにいくのは、さすがに時間的にも大変ですし、何より期限が迫っていました。
こんなとき、私は「ご指導のほど、何卒よろしくお願いします」作戦を実行します(^^ )
税務署を敵対視する方もいるんですが、(立場は違いますが)お互い、プロとして仕事をしている訳です。
そして、税務署の人の目標は「適正な税務行政」にあるのですから、過去に贈与を受けているかの確認も「適正な税務行政」のために必要です。
数年前に、税務署に確認に行きました。
※対応して頂いたのは、50歳後半の管理・運営部門の男性でした。
事情(過去の贈与の有無が分からないと正確な相続税が計算できない旨)を説明し、
「何卒、ご指導頂ければと思います。お忙しいところ申し訳ございません。」
と45度、頭を下げてお願いしましたら、あちらも事情を汲んでくださって。
「分かりました。できるだけ調べてみましょう。」
と、おっしゃって頂き、(税務署の記録上は)贈与がされていないとのご返答を頂きました。
※どのように調べたか、おじさん担当者から教えてもらいましたが、ここではナイショです(^^)
なお、実務上の対応としては、
「申告書等閲覧申請書の控えも作って、その控えに税務署の収受印をもらう」
ということが大切だと(個人的には)思っています。
というのも「贈与されている記録はありませんでした」と、口頭での返事しかもらえません。
※「贈与されていない証明書」なんて、もらえません。これは、届出書の提出有無の確認で、提出がなかった(=届出書が出されていなかった)場合も同じです。
そのとき、(ないと思いますが)税務署の人のミスで、贈与があったり、届出書が出されているのに、それを「ない」と間違って返答したときは、どうなるんでしょうか?
そうすると間違った税金を計算することになりますから、後日、お客様から「きちんと確認に行ってくれたの?」と、言われてしまうかもしれません。
その際の保険?(きちんと確認行ったが、税務署の人に間違ったことを言われた)になる(と、個人的には思っている)からです。
※この収受印は「確かに、*月*日に税務署に確認に来た」の証明にしかなりません。ですので、対応してくださった担当者様のお名前も控えておくことが大切だと思います。
まあ、ここまでやっている税理士、いないかもしれません。
※これをやったからといって、どこまで効果があるか分かりませんが、心配性なんですよ~(^^)
「ないことの証明」について、考えてみました。
色々な特例があり、間違えると即アウト。
税理士の仕事って、大変ですよね・・・
ですが、お客様にご信頼頂ければ、頑張れます(^^)
私も、(体を壊さない程度に)もっと頑張りたいと思います。